ゆらぎ。小さな心の揺らぎである。
長らくそんな心の動きを観測していなかったため、キツラギ警部補は最初、その変化を見逃すところであった。
すでに40を超えた身としては多くの出来事が彼の目の前を通り過ぎていった。彼は長い時間をかけて作られた彼の精神の神殿に満足し、そこで過ごす日々を愛していた。
つまり、そこから何か変化を加えようという気はさらさらなく、むしろ変化を拒否さえしていた。
しかし、今確かにその神殿に小さな変化が起きつつある。とてもささやかでわずかなものではあるが、しかし確実な変化。
例えるなら道端のたんぽぽが綿毛になったような、そんな変化である。
そして、その小さな変化はいずれ自身に大きな革命を齎す可能性を秘めていた。
キムはその変化に怯えた。
「それ」に対して自身が最初に行ったことは「防衛」である。封じ込めたり気が付かないようにしたり忘れたりすることだ。
そんなもの、なんてことないことである、と自身を納得させ、大きな波紋となる前に丸ごと抉り取ってしまうのだ。
そしてそうしておけばいつかはきえてなくなり、「そんなこともあった」と考えられるようになるだろう。
だがしかし、それは叶わなかった。
抜いても生えてくる雑草のように、自身を納得させた側からまた、ぴょこんと生えてくるのである。1つのことに目を逸らしても、その視線の先にまたゆらぎが生えてきている。
そしてついに「それ」は自分の柔らかく大切な部分にまで浸食してきていた。
もう逃げられない。キムはそう悟った。
彼はある種の諦観とともに、それを受け入れるしかなかった。自身に選択肢はなく、災害にも似た「それ」が己を食い尽くすのを見ていることしか出来なかった。
元来、彼は自身で「管理」できるものを好んだ。全ては自分の手の届くところにあったし、手の届かないものには手を伸ばさないようにしていた。
しかし、ここにきて無秩序な兵隊が彼の神殿を荒らしているのである。そして、それはハリーデュボアという完全なるコントロールのきかない他者のよって行われている。
これが幸か不幸かはまだ判断はできない。
しかし、彼を拒めないし、全て諦めて受け入れるしかない。
あぁ、僕の神殿。願わくばその形をとどめてくれますように。
0コメント